近年、アメリカや韓国、そして日本との歩み寄りを見せ、

これまでにない動きを見せている北朝鮮。

北朝鮮のトップ・金正恩朝鮮労働党委員長の母親が日本人だという説があるそうです!

大阪の鶴橋出身で、しかもあの大物歌手と友達だったという噂も・・

今回は、金正恩氏の母親について紹介させていただきます。

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金正恩母親高英姫とは

金正恩氏の母親・高英姫(コ・ヨンヒ)さんについて調べてみました。

【高 英姫(コ・ヨンヒ】

生年月日:1952年6月26日

死没:2004年8月13日(52歳没)

政党:朝鮮労働党

■家族構成

父:高京澤(コ・ギョンテク)

1913年8月14日生

※強制退去により1962年北朝鮮へ帰国

母: 李孟仁

1913年8月3日生

※帰国前に梁明女から改名

姉: ?

兄: 高相勲(コ・サンフン)

1951年2月12日生

※北朝鮮では高ドンフンに改名

弟: ?

妹: 高恵勲(コ・ヘフン)

1955年1月17日生

※米国に亡命した高ヨンスク

実氏:金正哲、金正恩、金与正

■経歴

平壌芸術大学卒業に入学すると、無料で奨学金を受けながら音楽や舞踊を学び、

その後「功勲俳優」となり、金日成主席の配慮によって国家授勲の栄誉をにない、表彰までされたと伝えられています。

1971年頃から万寿台芸術団に入り、舞踊家として活動していました。

美貌と才能に恵まれた高英姫さんは、

金正日氏らの宴会で場を盛り上げる女性集団「喜び組」の接待役となりました。

これがきっかけとなり、金正日氏に

見初められて、「3番目の妻」となりました。

芸術団の一員として活動するときは、柳日淑(リュ・イルスク、류일숙)という芸名で活動し訪日した経験もあります。

3番目の妻ではありましたが、正日氏の2番目の妻・成蕙琳が

精神を病んでモスクワの病院に入った時には”ファーストレディ”として待遇を受けていたと言われています。

彼女は「金正日氏から最も寵愛を受けていた」とも言われています。

1998年ごろ乳がんの診断を受け、片方の乳房を切除しなければならない状況に。

しかし、高英姫さんは乳房を切除することで「正日の女性としての地位が危うくなる」と判断します。

医師たちには切除をすすめられましたが、切除はせずに抗ガン剤治療を選択しました。

乳がんは一度は治ったものの、5年後に再発してしまいました。

そして2004年の夏、

フランス・パリのジョルジュ・ポンピドゥー欧州病院で乳がんにより息を引き取りました。

彼女の遺体は、豪華な棺に入れられてフランスからの特別機で北朝鮮まで搬送されました。

英姫さんの訃報に、夫である正日氏は泣き崩れたと伝えられています。

最後まで「女性として」の自分を守った方なんですね。

医師の説得を振り切って温存をするとは、かなり気の強い方のようです。

また息子たちに対しても、人前でも叱りつけるなど厳しい母親だったと言われています。

金正恩氏が気の強い奥様をもらったのは、母親のような女性を求めていたのかもしれませんね^^

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高英姫は日本人だった?

金正恩氏の妻・高英姫さんは日本人だったと言われているようです。

調べてみると、彼女は大阪生まれの在日朝鮮人二世であることが分かりました。

高英姫さんの父親・高京澤氏は韓国の済州島出身で、

朝鮮王朝に仕える下級文官(従仕郎)として働いていました。

当時経済水準の低かった済州島の中では、比較的裕福な暮らしができたそうです。

1929年、16歳の時に済州道から日本の大阪に移住しています。

大阪では廣田裁工所という場所に勤務していました。

そして日本で梁明女(後に改名し、李孟仁)の間に子供を授かりました。

その子供が高英姫さんです。

高英姫さんは10歳または11歳頃まで日本で生活されていました。

当時の日本では在日朝鮮人への差別もあり、高一家も肩身の狭い生活をされていたそうです。

そして1962年(1961年だとする説も)に一家で北朝鮮へ渡ることに。

高英姫さんの父親の高京澤氏は、日本で生活している時に、

密航船事業を運営して警察に逮捕されてしまい、日本から国外退去の処分を受けていました。

また、それだけでなく、多くの愛人を持つなどの女性関係の々とトラブルもあったそうです^^;

北朝鮮へと渡ったのは、そういった問題を清算するためではないかと言われています。

高英姫の名前はあゆみ?

金正恩氏の母親・高英姫さんが

大阪生まれの在日朝鮮人二世であることが分かりました。

さらに調べていくと、彼女は様々な名前を持っていました。

高田姫、高姫勲、高英子など・・時と場所によって改名していたようです。

日本での登録名は高姫勲(コ・フィフン)で、

朝鮮では名前を高ヨンジャに変えました。

ヨンジャは日本風の名前だったそうで、後に英姫(ヨンヒ)に改名したのではないかと見られています。

そして、金正日氏からは日本風に「あゆみ(아유미)」と呼ばれていたそうです。

ちなみに妹の高恵勲(コ・ヘフン)は2001年10月アメリカへ亡命して高ヨンスクと名乗っていたそうです。

妹の日本名は高田恵美だと言われています。

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大阪鶴橋出身和田アキ子が友人?

金正恩氏の母親・高英姫さんは在日朝鮮人二世でしたが、

なんと大物歌手の和田アキ子さんと友人だったと言われています。

高英姫氏は大阪生まれで10歳または11歳頃まで日本で生活していました。

小学校は大阪市生野区の北鶴橋小学校に通っていたと伝えられています。

和田アキ子さんは、高英姫さんと同じく在日韓国人二世でした。

済州島出身者の父と、朝鮮半島出身者の母を持ち、かつての本名は金福子、通名は金海福子です。

和田アキ子さんの自宅は大阪環状線鶴橋駅の近所で「金海道場」という柔道場を開いていました。

大阪の鶴橋は在日韓国人が多い地区で知られていますね。

和田アキ子さんは、道場へ高英姫さんをよく連れていき、練習の合間に一緒に遊んでいたと言われています。

お二人の生年月日を見てみると・・

高英姫さんが1952年生まれで

和田アキ子さんが1950年と、和田さんが2歳年上です。

きっと世話を焼くお姉さん的存在だったのでしょう^^

息子たちにも厳しいと言われていた高英姫さんの性格のルーツは、

和田アキ子さんに鍛えられたものだったのかも?^^

あゆみ,写真

まとめ

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の母親について調べてみました。

母親の高英姫さんは在日韓国人二世で、日本生まれだったことが分かりました。

大阪の鶴橋出身で和田アキ子さんとも友人だったそうです。

金正日氏からは「あゆみ」と呼ばれていたそうですが、

何度も改名するなど多くの名前を名乗っていたようです。

まさか「ゴッド姉ちゃん」の友達だったとは・・

高英姫さんは気の強い性格だったということですが、

幼少期に和田アキ子さんの影響を受けたからなのかもしれませんね^^

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