2018年もあと1ヶ月を切り、箱根駅伝まであと数日となりました。

駅伝ファンには嬉しいシーズンです^^

今回は、駅伝ファンもそうでない人も気になるであろうイケメンについて紹介させていただきます。

箱根駅伝で注目してほしいイケメン、それは選手ではなく監督です!

東洋大学の酒井俊幸監督について、選手時代の成績やドSな檄についてまとめてみました。

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東洋大の酒井俊幸監督がイケメン!

2018年の箱根駅伝でも活躍が期待される東洋大学。

東洋大の箱根駅伝出場は15年連続で75回目となる伝統あるチームです。

「山の神」と呼ばれた柏原竜二や、「天才双子」の設楽兄弟などスター選手が数多く在籍していました。

前回は2位という事で、今回こそは優勝を狙っています。

そんな東洋大学の酒井俊幸監督がイケメンだというのは、駅伝ファンの間では有名な話です。

駅伝に出場している選手は、駅伝ファン以外も注目するため走りが早い選手よりもイケメンの選手が話題になります(笑)

毎年選手と同じくらい、いや選手以上に注目されるのが酒井俊幸監督です。

大学生のイケメンでは物足りないイケオジ好きの方に人気のようです。

  • 東洋大で一番イケメンなのは酒井監督だと思う
  • 年を重ねても渋さ増してすてきなイケメン酒井監督好き
  • 酒井監督なんであんなかっこいいんでしょう
  • 相変わらず若いしかっこいい

めちゃくちゃ人気ですね^^

また、酒井監督はイケメンなだけでなく、指導力も素晴らしいことで知られています。

32歳の若さで監督に就任してからは、熱血的な指導で東洋大学を箱根駅伝2年連続優勝に導くなど優れた結果を残しています。

さわやかな見た目に熱い内面という女子の大好物ですね〜

駅伝はあまり詳しくないから見ていないという方も、イケメン探しという不純な理由から見てみるのもいいかもしれません。

その際は、東洋大学の酒井俊幸監督に注目しましょう!

酒井俊幸監督について

東洋大学の駅伝監督を務める酒井俊幸監督について詳しく調べてみました。

ここではプロフィールや選手時代の成績などを紹介させていただきます。

酒井俊幸監督のプロフィール

【酒井俊幸(さかい・としゆき)】

生年月日:1976年5月23日

出身地:福島県石川郡石川町

出身校:学校法人石川高等学校、東洋大学経済学部

酒井監督,写真

嫁と子供は

酒井俊幸監督は、瑞穂さんという奥様がいらっしゃいます。

瑞穂さんは酒井監督と同い年で元々競歩の選手だったんだとか^^

現在は、奥様は寮母として選手の寮生活を支えています。

子供は男の子が二人です。

将来は駅伝ランナーになるのか楽しみですね^^

酒井監督,写真

実家の家族は

酒井監督の、実家の情報ですが実は監督には双子の妹さんがいらっしゃいます。

ご兄弟は、双子の妹と、弟が三人。

妹さんも陸上をされていて、高校までは二人で同じ陸上部に所属していたと言います。

両親については、父親は酒井監督が子供の頃に病気で倒れて仕事ができない体になってしまい、母親が働いて家庭を支えてきました。

酒井監督は家計を気遣い大学進学を悩んだそうなのですが、母親の後押しがあり進学を決心したそうです。

そのため、母親には今も感謝していると語っています。

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酒井俊幸監督の経歴

酒井俊幸監督はご自身も駅伝に出場する選手でした。

どんな選手で、どのようにして監督に就任したのかが気になりますね。

ここでは、酒井俊幸監督の選手時代の成績から監督になるまでの経歴を紹介させていただきます。

東洋大学選手時代の成績

酒井監督は、ご自身も東洋大学陸上部出身です。

ここでは酒井俊幸監督の選手時代の成績を調べてみましょう。

まずは東洋大学時代の成績から紹介させていただきます。

酒井俊幸監督は、1年時から箱根駅伝に出場し、4年時にはキャプテンを務めています。

酒井監督,写真

箱根駅伝での成績は以下の通りです。

学年 順位(区間)
1年生(1996年) 区間11位(3区)
2年生(1997年) 区間12位(7区)
3年生(1998年) 区間13位(1区)
4年生(1999年)  怪我の影響により欠場

1年生から箱根駅伝を3回走り、いずれも区間2桁の成績でした。

関東学生陸上競技対校選手権大会で入賞の経験もあるそうですが、最後の箱根駅伝では故障明けで出場出来ませんでした。

当時監督だった佐藤尚さん(現:東洋大学ヘッドコーチ)いわく「プレッシャーに弱い」選手だったそうです^^;

酒井監督,写真

実業団選手時代の成績

1999年に東洋大学を卒業した酒井監督は、強豪のコニカ(現:コニカミノルタ)に入社しました。

東洋大学時代は箱根駅伝でも区間2桁台とあまり目立たない成績でしたが、入社後からメキメキと頭角を現しました。

強豪チームの中でも中心選手として活躍を続け、2001年から2003年までの全日本実業団駅伝3連覇に貢献しました。

V2・V3ではアンカーとして活躍し胴上げも経験しています。

また、V2の際には走り出してから鼻血が出てしまうアクシデントもありましたが無事に完走しています。

酒井監督,写真

退社し教員に

酒井監督は2005年にコニカミノルタを退社。

母校の学校法人石川高等学校に教員として戻り、陸上部顧問を務めました。

教員として勤めながらも、その年の国体のハーフマラソンに福島県代表として出場し入賞を果たしています^^

また、酒井監督はこの頃県内で無名だったいわき総合高等学校の柏原竜二選手(後の山の神)が県大会で見せた走りに注目しました。

母校である東洋大学にいち早くその情報を伝え、柏原選手を入学へと導きました。

ちょうどこの頃、東洋大学は川嶋伸次監督が部員の不祥事の責任を取り辞任していたため、監督の座が空いていました。

酒井監督の選手を見る目や指導力が高く評価されたことから、当時監督の座が空いていた東洋大学陸上部の顧問に抜擢され、2009年3月より監督に就任しました。

まさに陸上漬け、駅伝漬けの人生ですね^^

選手としても素晴らしい選手で、その後指導者とし…なんて漫画やドラマの世界の話のようですね!

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ドSな檄がすごい?

イケメンでかっこいいと話題の酒井俊幸監督ですが「ドS」な檄(ゲキ)も人気の要素の一つです。

ここでは、駅伝ファンの間では有名な酒井俊幸監督の「ドSな檄(ゲキ)」について紹介させていただきます^^

酒井俊幸監督は、駅伝監督としてとても誠実で堅実な育成方針を持っています。

自身がプレッシャーに弱く怪我などにも苦しんだ事から、栄養大と提携して選手の食事の管理をしていたり、選手自身が自分の体のことを知る為にデータを選手自身に管理させるなど、体づくりを徹底しています。

そんな酒井俊幸監督は、インタビューなどでも簡単には選手を褒めない「ドS」な一面があります。

走っている選手一人ひとりの個性に合わせたドSな檄を飛ばすのも、箱根駅伝の東洋大学名物のひとつとも言われています。

酒井俊幸監督のドSな檄はこんな感じです。

  • 中継車の方もっと前お願いします!これからスピード上げます!
  • オラァ!ラストだオラァ!
  • 出るよ!出るよ!19分台出るぞぉ~!
  • 最後の箱根だ!完全燃焼してこい!
  • ここで負けたら1年間悔しいぞ!
  • お前は、世界と戦うんだろ!一秒を削り出せ!

ドSというか…熱いですね!

このドSで熱い檄は、駅伝で選手が必死に走っている所に響くとグッと来るんです。

個人的には檄を飛ばすときはサングラスを取るというところが好きです(笑)

また、選手に対しても育ててくれた親に顔を見せて恩返ししてほしいという理由でサングラスを禁止しているという噂もあります。

酒井監督のファンは駅伝を観戦して「オラァ!」が聞けた!と喜ぶ方も多いそうです(笑)

2019年の箱根駅伝では、酒井俊幸監督のドSで熱い檄に、注目してみましょう^^

まとめ

東洋大学の陸上部の酒井俊幸監督について紹介させていただきました。

イケメン監督の選手時代の成績や、ドSな檄など選手以上に注目したくなる漫画の主人公のような方でした^^

2019年の箱根駅伝では、どんな檄が聞けるのか楽しみです!

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